コンテンツにスキップ

Alpari UK 破綻(2015)

SNB ショックによる Alpari UK の破綻を、FCA と KPMG の一次資料に基づいて整理します。 「FCA 圏なら安全」という見方の実効的な意味と、その限界を切り分けるのが狙いです。

2015-01-15、SNB による EUR/CHF 1.20 フロア撤廃で顧客のマイナス残高が発生し、Alpari UK は自己資本で吸収できませんでした。 4 日後の 01-19 に Special Administration Regime(SAR)へ入ります。 FCA の初期見解では client money is whole であり、CASS 分別金プールに欠損があった事案ではなく、会社本体の支払不能事案として整理されました。 FSCS の補償上限は、投資顧客で当時 £50,000 です(£85,000 ではありません)。 SAR 手続の公式終了は、3 年 4 か月後の 2018-06-07 でした。

この事例は、FCA、CASS、FSCS の制度的な限界を理解する材料になります。 「補償があるから安全」という解釈をどこまで信じてよいかの判断基準としても使えます。

時系列

日付出来事
2015-01-15SNB が EUR/CHF 1.20 の最低為替レートを廃止(プレスリリース: “discontinuing the minimum exchange rate of CHF 1.20 per euro”)
2015-01-19Alpari (UK) Limited が SAR insolvency proceedings に formally entered(FCA statement)
2015-03-03KPMG “Statement of administrator’s proposal”(102 頁)を Companies House へ提出
2015-08-24KPMG “Administrator’s progress report to 18 July 2015”(40 頁)提出
2018-02-23追加進捗報告書提出
2018-06-07Administration から dissolution への移行通知提出(SAR 手続の公式終了)

総所要期間は、2015-01-19 から 2018-06-07 までの 3 年 4 か月です。

破綻原因

一次資料から慎重に整理します。

  • SNB の政策変更により極端な為替変動が発生
  • Alpari の顧客ポジションに大きな損失、マイナス残高が生じた
  • Alpari は自己資本で吸収できず、支払不能と判断

FCA statement は次のように述べています。

Having reached an assessment that the firm was no longer solvent

つまり原因は、市場イベントから顧客未収金、そして会社の負債超過という流れです。 CASS 分別金の欠損ではなく、会社本体の支払不能でした。

CASS / SAR の枠組み

FCA は SAR について次のように説明しています。

[SAR is used when] investment firms, which hold clients’ money and/or assets under the FCA’s CASS rules, fail

制度目的の一つは次のとおりです。

clients’ money and assets are returned to customers as soon as is reasonably practicable

Alpari 事案の核心的な評価は、FCA の “Is there any client money missing?” への回答にあります。 特別管理人が確認中としつつ、初期見解は the client money is whole でした。

これは重要な区別です。

区分Alpari UK の状況
CASS 分別金プールの欠損なし(初期見解)
会社本体の支払不能あり(SAR 発動理由)
顧客のマイナス残高あり(顧客が業者に負う債務)

FSCS 補償の実際の適用範囲

結論は、投資業務で £50,000 であり、£85,000 ではありません。

FSCS の投資補償区分は次のとおりです。

破綻時期投資業務の補償上限
2010-01-01 → 2019-03-31£50,000 per eligible person, per firm
2019-04-01 以降£85,000

Alpari UK の破綻日 2015-01-19 は前者の期間に入ります。 £85,000 は預金保護および 2019 年 4 月以降の投資破綻向けであり、Alpari 事案には適用されません。

FSCS 補償の性質

  • 相場損失や投資判断の失敗を補償するものではない
  • 破綻業者に対する適格 claim があり、FSCS ルール上の適格者である場合に支払われる
  • 顧客が負ったマイナス残高そのものを穴埋めする制度ではない
  • FCA も “customer losses relating to client money” があれば個別事情により FSCS にアクセスできる、という条件付きの書き方をしている

顧客返還率と所要期間

一次資料から言える範囲を、慎重に切り分ける必要があります。

  • CASS プール不足率:FCA 初期見解は “client money is whole” であり、プール自体は無欠損
  • 顧客への実支払率:特別管理費用、未確定 claim、顧客資格、未請求残高などを反映する

一次資料(Companies House Filing history、KPMG progress reports)で確実に言える最小結論は次の3点です。

  1. FCA 初期見解では client money pool は whole
  2. SAR の公式終了は 2018-06-07(3 年 4 か月の法的管理期間)
  3. FSCS 上限は £50,000(2010-2019 期間の投資破綻)

具体的な顧客支払率(何 % がいつ支払われたか)を断定するには、KPMG PDF 本文の distribution table を直接確認する必要があります。

FCA 監督枠組みの機能評価

機能した部分

  • CASS による顧客資金の分別
  • SAR による特別管理人(KPMG LLP: Richard Heis, Samantha Bewick, Mark Firmin)の選任
  • 顧客資金、資産をできるだけ速やかに返す制度目的
  • FSCS による不足時の補完可能性
  • 会社本体の支払不能と顧客資金の扱いを分離して処理した点

機能しなかった部分、制度目的の外にある部分

  • SNB ショックのような瞬間的な市場ギャップを、CASS は防止しない
  • 顧客マイナス残高の大量発生について、CASS は分別制度であり、レバレッジ取引の市場損失やビジネスモデル上の負債超過を消す制度ではない
  • FSCS は市場損失の保険ではなく、破綻業者に対する適格 claim の補償制度である

リテール投資家への含意

前提の確認

  • FCA 圏の強い規制でも、市場ショックによる業者破綻は起きる
  • CASS、SAR、FSCS は「全額返還保証」ではなく、「透明な清算手続と一定上限の補償」である
  • 手続には数年かかる(Alpari で 3 年 4 か月)
  • 補償上限(当時 £50,000)を超える残高は、分別プールから配当を待つ

オフショア業者との比較

Alpari 事案の比較材料としての価値は、「FCA 圏だから守られた」ことではありません。 制度的な透明性、特別管理人の選任、裁判所監督、FSCS の存在が破綻処理を可能にした点にあります。

オフショア(VFSC、SVG FSA など)では次のようになります。

  • 特別管理人相当の制度がない
  • FSCS 相当の補償基金がない
  • 裁判所監督が形式的
  • 顧客の裁判地、準拠法が不明確

同じ SNB ショックがオフショア業者で起きた場合、顧客が状況を追跡することさえ困難になる可能性が高いと言えます。

落とし穴

  • £85,000 を Alpari 事案に当てはめる:破綻日で決まる補償上限を確認せず適用してしまう
  • 「FCA 圏 = 全額返還」と思う:補償上限があり、市場損失は補償外で、手続に数年かかる
  • “client money is whole” を顧客の支払保証と誤解する:分別プールの完全性は、支払速度や個別支払率を保証しない
  • 市場ショックを CASS で防げると思う:CASS は分別制度であり、ロスカットや保護は別レイヤー

結論

Alpari UK 事案は、FCA 圏の強い規制ですら市場ショックによる業者破綻は起きるが、破綻処理の透明性と最低限の補償枠が制度的に確保されていた事例です。

  • 補償上限は当時 £50,000(2019 年以降 £85,000 の投資破綻とは別)
  • 手続には 3 年 4 か月かかった
  • 顧客の実質損失(負残高、時間コスト、機会損失)には補償対象外の部分がある

オフショア業者では、この最低限の透明性や補償枠すら存在しない、という比較で価値を持つ事例です。

参考