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FXはマイナスサムか(数理)

FXは「ゼロサム」と語られがちですが、往復スプレッド、スリッページ、スワップ非対称性、そして勝ち分にかかる税を積み上げると、参加者全体の期待値は0を割り込みます。 このノートは、100円賭けて50%で200円戻る公平コインを基準点に置き、そこから何がどれだけ期待値を削るか、利益を出すために最低限必要な勝率と純edgeがいくつになるかを式と表で定量化します。 「少し勝てればよい」という期待がなぜ成り立たないかを、参戦前に数字で確かめるための土台です。

真のゼロサム基準

公平コインを次のように定義します。

  • 100円をベット
  • 50%の確率で勝利、200円戻る(元本100円と利益100円)
  • 50%の確率で負け、0円戻る(元本100円を失う)

期待値は次になります。

EV=0.5×(+100)+0.5×(100)=0 円EV = 0.5 \times (+100) + 0.5 \times (-100) = 0 \text{ 円}

これが真のゼロサムです。長期で見て収支ゼロ、破綻もしないが儲かりもしません。

一般化された式

FXを同じ形式に落とすと、次の量で記述できます。

  • 勝ち幅WW(pips)
  • 負け幅LL(pips)
  • 勝率pp
  • 1取引あたりコストCC(pips、往復スプレッドとスリッページと手数料の和)

1取引あたり期待値(pips)の一般式は次です。

E=pW(1p)LCE = p \cdot W - (1-p) \cdot L - C

EV0EV \geq 0 となる必要勝率は、次で与えられます。

pbe=L+CW+Lp_{be} = \frac{L + C}{W + L}
  • 公平コイン(W=LW = LC=0C = 0)では pbe=0.5p_{be} = 0.5
  • リスクリワード1:1でコストありのとき pbe=0.5+C/(2W)p_{be} = 0.5 + C/(2W)
  • リスクリワード W:LW:L でコストありのとき、pbep_{be}L/(W+L)L/(W+L) から CC の分だけ上振れる

取引スタイル別の必要勝率(税前)

スプレッド0.5pip(USD/JPY国内業者の広告値程度)に、スリッページと手数料を含めた往復コストを C0.6C \approx 0.6 pipと仮定します。

リスクリワード1:1の場合(W = L)

スタイルW = L (pips)必要勝率公平 (W→∞) との差
スキャルピング3 pips60.0%+10.0%
超短期5 pips56.0%+6.0%
デイトレード10 pips53.0%+3.0%
短期スイング20 pips51.5%+1.5%
スイング50 pips50.6%+0.6%
ポジション200 pips50.15%+0.15%

含意は次の通りです。

  • スキャルパーは「コインより10%良い」予測が必要で、実運用で60%勝率を継続する難易度は極めて高い。
  • スイング以上になるとコストは相対的に薄まる。
  • 短期取引ほどコストの重みが指数的に増す。

リスクリワード2:1(W = 2L)の場合

L (pips)W (pips)C 込み必要勝率
5100.637.3%
10200.635.3%
20400.634.3%
501000.633.7%

理論値(コストなし)は33.3%です。 リスクリワードを高めると必要勝率は下がりますが、コストの影響は残ります。

リスクリワード1:2(W = L/2、損切り深めの逆張り型)の場合

L (pips)W (pips)C 込み必要勝率
20100.668.7%
40200.667.7%
100500.667.1%

理論値は66.7%です。 含み損を大きく持って小さく勝つスタイルは、圧倒的な勝率が必要で、しかも1度の大敗で大きく崩れます。

コストを分解する

C=0.6C = 0.6 pipsは簡略値です。実際には次の内訳になります。

  • 実効スプレッド(往復):0.3から1.0 pips(時間帯、ペア、業者依存)
  • スリッページ(不利方向):0.1から0.5 pips(成行、指標時、大口)
  • 手数料:0から0.5 pips(口座タイプで差)
  • スワップ非対称性:保有期間依存、日次0.05から0.3 pips

デイトレ(1日で決済)の代表的コストは次です。

C0.5+0.2+0+0=0.7 pipsC \approx 0.5 + 0.2 + 0 + 0 = 0.7 \text{ pips}

スイング(1週間保有、スワップ非対称のマイナス側)の代表的コストは次です。

C0.5+0.2+0+0.15×7=1.75 pipsC \approx 0.5 + 0.2 + 0 + 0.15 \times 7 = 1.75 \text{ pips}

スイング以上では、スプレッドよりスワップ非対称性のほうがコスト源として大きくなり得ます。

税を入れる

ここまでは税前です。実際には勝ちに税がかかります。

国内FSA登録業者(申告分離20.315%)

  • 利益に対して20.315%課税
  • 損失は同じ枠内(先物、オプション、CFD)で通算可
  • 3年間繰越可

毎年黒字を前提とした簡略モデルでは、手元に残るのは次です。

Net Edge=E×(10.20315)\text{Net Edge} = E \times (1 - 0.20315)

税前edgeの79.7%しか手元に残りません。 同じ純利益を得るために必要な税前edgeは、次になります。

Ereq=Etarget0.7971.255×EtargetE_{req} = \frac{E_{target}}{0.797} \approx 1.255 \times E_{target}

海外業者(雑所得の総合課税5から55%)

  • 累進税率で、他所得と合算
  • 損失は他所得と通算不可、繰越不可
  • 実効税率は所得により変動

主要所得帯別の必要倍率は次です。

所得帯実効税率(概算)税前から手元への倍率国内比
所得税5%帯15.11%1.178×1.06×
所得税10%帯20.21%1.253×1.13×
所得税20%帯30.42%1.437×1.29×
所得税33%帯43.69%1.776×1.59×
所得税40%帯50.84%2.034×1.82×
所得税45%帯55.95%2.270×2.03×

含意は次の通りです。

  • 給与所得と合わせて年収900万円超の会社員が海外FXで稼ぐ場合、国内FXの1.6から2倍の粗利が必要になる。
  • 損失年は救済されない(通算不可)ため、複数年で見るとさらに不利になる。

必要edgeの総合計算

Case A:会社員年収500万円、国内FSA業者でデイトレ、W=L=10 pips、年100万円の税後利益が目標のケースです。

  • 必要な税後利益:1,000,000円
  • 必要な税前利益:1,000,000 / 0.797 ≒ 1,254,000円
  • 1取引あたりpip価値(USD/JPYで1万通貨):100円/pip
  • 必要取引数:1取引あたり税前1 pipなら 1,254,000 / 100 = 12,540 pips = 12,540取引
  • 年240営業日で1日52取引となり、現実的ではない

より現実的な想定は次です。

  • 1取引あたり期待値3 pips、1万通貨で300円/取引
  • 必要取引数:4,180取引/年 = 1日17取引(可能な範囲)
  • ただし1取引あたり3 pipsを安定的に出せるedgeが前提になる

Case B:同じ人が海外業者を使い、税率20.21%とすると、必要な税前利益は 1,000,000 / 0.798 ≒ 1,253,000円で、このケースは大差ありません。

Case C:会社員年収1,000万円、海外業者(税率43.69%)、年100万円の税後利益が目標のケースでは、必要な税前利益は 1,000,000 / 0.563 ≒ 1,776,000円で、国内比41%多い粗利が必要になります。

実効edgeの観点

必要勝率だけでなく、1取引あたりの期待値(expectancy)で見ることもできます。

Expectancy=pW(1p)LC\text{Expectancy} = p \cdot W - (1-p) \cdot L - C

公開されているプロトレーダーの実測値は次の水準です。

  • 成功しているスイングトレーダー:expectancy 5から15 pips/trade
  • 成功しているデイトレーダー:expectancy 1から3 pips/trade
  • スキャルパー:expectancy 0.3から1 pip/trade(取引回数で稼ぐ)

リテールの平均は、テクニカル指標に系統的なedgeが残っていないという検証結果の通り、単純ルールにedgeは残っていません。 平均的なリテールのexpectancyは0に近いか、コスト分だけマイナスです。

パチンコとの数値比較

ゲーム1単位 house edge1時間あたり単位数1時間期待損失
パチンコ(甘デジ)5から8%800から1200玉/時間 × 4円2,000から4,000円/時間
パチスロ(設定5)1から2%20万/時間(賭け高)2,000から4,000円/時間
ルーレット(0)2.7%40から60 spins/時間ベット額 × 2.7% × 40 で大きく変動
FXスキャルピング約6% per round(0.6 pip / 10 pip R:R)20 trades/時間 × 10 pip 目標12 pip × 1万通貨 = 12,000円/時間(edge = 0 と仮定)

FXの1単位house edgeはパチンコより低いのですが、単位が大きい(1 pip = 100円/1万通貨)ため、時間あたり期待損失はパチンコと同レベルか、それ以上になります。

なぜリテールは気付かないか

数式が明らかにするのに、多くのリテールがFXを「勝てるゲーム」と思う理由は次のように分解できます。

  1. 確認バイアス:勝ちトレードは記憶に残る。
  2. 短期の変動で勝てる。統計的にはランダムでも、数か月では正リターンがあり得る。
  3. 税金は「利益が出てから」考える。エントリー時のコスト計算にほぼ全員が含めない。
  4. スワップ非対称性は「見えないコスト」で、明示的な取引履歴に出ない。
  5. 業者は「勝った例」を宣伝する。生存者バイアス。
  6. 教科書は「リスクリワード2:1」を推奨するが、それで必要勝率33%を維持するのも難しい。

落とし穴

  • 時間あたりで比較する:per-roundのhouse edgeが低くても、pipあたりの金額が大きいため、per-hourの期待損失はパチンコと同レベルまたは上になる。
  • 教科書のR:R 2:1は「勝率34%で儲かる」ではない。コスト後は35から37%必要で、スプレッド分だけ悪化する。
  • スワップコストを忘れない。スイング以上ではスプレッドより大きくなり得る。
  • 税率が高い所得帯(海外業者)の人ほど、必要edgeが跳ね上がる。国内業者の優位性は大きい。
  • 税前edgeがないなら参戦しない。スキャルでは勝率60%相当、スイングでも51から52%が最低限になる。

参考