一目均衡表(Ichimoku Kinko Hyo)
一目均衡表は、値幅、時間、波動を1枚のチャートで同時に判断する複合トレンド指標です。5本の線と雲(Kumo)で相場の方向、強度、支持抵抗を可視化します。日本人トレーダーの参加比率が高い USD/JPY では、多くの市場参加者が同じ標準パラメータを見ているため、自己成就的に機能する場面があります。

架空データによるイメージ図(実際の相場データではありません)。転換線、基準線、先行スパンAとBが作る雲、遅行スパンを1枚に重ねた例。
定義
一目均衡表は日本発のテクニカル指標で、原典 (9, 26, 52) はもともと戦前の株式市場(立会日ベース)で設計されました。細田悟一(筆名は一目山人)が1936年頃に構想し、1969年に体系化しています。5本の線と、そのうち2本が作る雲で構成されます。
転換線(Tenkan-sen, Conversion Line)
過去9期間の高値と安値の平均。
高値と安値の中値(SMA ではない)を使うのが特徴です。短期のトレンドを表します。
基準線(Kijun-sen, Base Line)
過去26期間の高値と安値の平均。
中期のトレンドを表し、押し目や戻り目の水平線として機能します。
先行スパンA(Senkou Span A, Leading Span A)
転換線と基準線の平均を26期間先行して描く。
未来26期間へ先行表示するのが特徴です。
先行スパンB(Senkou Span B, Leading Span B)
過去52期間の高値と安値の平均を26期間先行して描く。
長期のトレンドを表します。先行スパンA と B の間が雲(Kumo)です。
遅行スパン(Chikou Span, Lagging Span)
当日の終値を26期間遅行させて描く。
過去の価格と現在の勢いを比較するために使います。
雲(Kumo)
先行スパンA と B に挟まれた領域。
- 上昇雲(bullish cloud):Span A > Span B。地色を明るくして表示(慣例)
- 下降雲(bearish cloud):Span A < Span B。地色を暗く表示(慣例)
- 雲の厚み:支持抵抗の強度。厚い雲は抜けにくい
- ねじれ(Kumo twist):Span A と B が交差する点。トレンド転換候補
パラメータと期間表
原典 (9, 26, 52) は戦前の週6営業日(土曜半休)を前提としており、およそ1週間半、1か月、2か月に対応します。現代(週5営業日、24時間 FX)では意味が微妙にずれるという議論があります。
| パラメータ | 標準 | 意味 |
|---|---|---|
| Tenkan | 9 | 転換線期間 |
| Kijun | 26 | 基準線期間 |
| Span B | 52 | 先行スパンB期間 |
| Displacement | 26 | 先行/遅行の期間 |
| 価格 | H/L/C | 高値、安値、終値 |
代替パラメータの議論もありますが、標準以外は非標準として扱い、まず標準で評価します。
| 設定 | 用途 | 備考 |
|---|---|---|
| (9, 26, 52) | 標準 | 原典。最も多くのトレーダーが見ている |
| (7, 22, 44) | 現代週5営業日調整 | 週6から週5への 5/6 スケーリング。理論的だが普及していない |
| (10, 30, 60) | 24時間市場向け | 一部推奨されるが根拠は弱い。原典から遠い |
| (20, 60, 120) | 週足/月足応用 | スイング以上、複数月のトレンド |
USD/JPY での時間足別の使い分け。
| 時間足 | 主な用途 |
|---|---|
| 1時間 | 短期の方向感、雲抜けブレイク |
| 4時間 | デイトレの環境認識 |
| 日足 | 標準。日本人トレーダーが最も見る時間軸 |
| 週足 | 週次トレンドの骨格、雲の厚みで長期抵抗確認 |
シグナル
三役好転 / 三役逆転(Sanyaku Kouten / Gyakuten)
一目均衡表の中心的な複合シグナルです。
三役好転(強い買いシグナル)
- 転換線が基準線を上抜ける
- 価格が雲を上抜ける(雲の上側で終値確定)
- 遅行スパンが26期間前の価格を上抜ける
3条件が揃うことは稀です。揃うと本格的な上昇トレンド開始として扱われます。
三役逆転(強い売りシグナル)
- 転換線が基準線を下抜ける
- 価格が雲を下抜ける
- 遅行スパンが26期間前の価格を下抜ける
好転 / 逆転(単体シグナル)
- 好転(Kouten):転換線 > 基準線。ゴールデンクロス相当
- 逆転(Gyakuten):転換線 < 基準線。デッドクロス相当
雲抜け(Kumo Breakout)
価格が雲を上抜け、または下抜けするタイミング。三役好転の2番目の条件でもあります。
- 雲上抜け:上昇トレンド開始候補
- 雲下抜け:下落トレンド開始候補
- 雲内:レンジ相場。方向感なし、逆張り優位
雲の厚みは抵抗の強さを示します。厚い雲を勢いよく抜けるのは強い転換候補です。
雲のねじれ(Kumo Twist)
先行スパンA と B が交差する点。26期間先の話なので未来に見えます。
- 雲のねじれ点付近はトレンド転換候補
- ねじれ後に雲の色が変わる(bullish と bearish が入れ替わる)
- ねじれの少し前後はエントリー警戒帯として意識される
基準線と押し目 / 戻り目
- 上昇トレンド中は基準線まで押して反発すると継続買いシナリオ
- 下落トレンド中は基準線まで戻して反落すると継続売りシナリオ
- 基準線を明確に価格が割ると、トレンド継続の前提が崩れる
遅行スパンの位置
- 遅行スパンが26期間前の価格(ローソク)より上なら買い優勢
- 遅行スパンが下なら売り優勢
- 遅行スパンがローソク内に埋まると方向感なし
USD/JPY での使いどころ
USD/JPY は日本人トレーダーの参加比率が高く、一目均衡表を見ているトレーダーも多いです。自己成就的に機能する場面があります。
日足の一目均衡表
日足の一目均衡表は月次のトレンド判定の基盤です。
- 日足の雲上抜け:週次以上の上昇トレンド候補
- 日足の雲下抜け:週次以上の下落トレンド候補
- 日足の基準線:押し目、戻り目のターゲット水準
- 日足の三役好転 / 逆転:数か月単位の相場環境変化
日本経済新聞の相場欄でも「雲の上抜けを試す」といった表現が使われます。日本国内メディアの報道による自己成就性が期待できる稀有な指標です。
4時間足の一目均衡表
- スイングエントリーの環境認識
- 日足の方向と4時間足の方向が一致すると優位
- 4時間足の基準線は4日から5日単位の重要抵抗
1時間足 / 15分足
原典パラメータは日足を想定しているため、下位足への適用は慎重にします。
- 1時間足の (9, 26, 52) は9時間、26時間、52時間の高安平均
- 東京、ロンドン、NY のセッションをまたぐため、混合値になりやすい
- 短期エントリーの補助に使う場合は、基準線と雲抜けのみを見る(三役好転は待たない)
東京仲値 / ロンドンオープン
- 東京仲値の急変で下位足の雲を突き抜けても、日足の雲は変わらない
- ロンドンオープンのブレイクが日足の雲上抜けと一致すると強度が増す
- 日足の雲下限は介入警戒帯や実需の押し目候補と重なることがある(2022年の145から150円台など)
24時間市場への修正論争
- 原典は週6営業日(戦前の株式)
- FX は週5営業日(実質約118時間/週)
- 一部で (7, 22, 44) が提案されるが、主流にならない
- 実用上は標準 (9, 26, 52) を全員が見ていることが最も重要
- パラメータを最適化しても、他トレーダーが見ている抵抗と一致しなくなる
落とし穴
- 原典パラメータの機械的絶対視:(9, 26, 52) は1936年頃の戦前株式向け。24時間 FX で物理的に正しい保証はない。ただし変更すると自己成就性という利点も失う
- 三役好転 / 逆転の待ちすぎ:3条件が揃うのは大トレンドの初動を過ぎた頃。エントリーは基準線や雲抜けで先行し、三役揃いは継続確認として扱う
- 下位足への機械適用:5分足に (9, 26, 52) を当てはめると45分、130分、260分の平均になる。セッションをまたぐため意味が薄れる
- 先行スパンの描画位置:先行スパンA/B は26期間先に描く。実装で displacement を誤ると全く別のチャートになる
- 遅行スパンの確定タイミング:遅行スパンは現在の終値を過去へ描くため、現時点で確定するのは26期間経過後。リアルタイムでは未確定線
- 雲の内部でのトレード:雲の中はレンジ状態とされ、方向トレードは不向き。強引に雲内でエントリーすると往復ビンタが多発する
- 雲の厚みの無視:薄い雲は簡単に抜ける(騙し)、厚い雲は強い抵抗(抜けたら本物)。雲の厚みも判断材料に入れる
- 他指標との重複:SMA-26 の移動平均線と基準線は近い動きになる。両方を独立指標として重ねると実質同じものの多重確認になる
- 文化的コンテキストの誤解:一目均衡表は原典理論(時間論、波動論)が非常に体系的だが、現代 FX では5線と雲だけを使う簡略運用が主流。原典を丸ごと使うのは学術的興味の範疇
- 教科書シグナルの実データ有意性:日足で全員が見ていることが強みだが、統計的 edge は他指標と同様に限定的とみられる。単独ではなく相場環境の認識に使う
Python 実装スケッチ
import pandas as pd
def ichimoku( high: pd.Series, low: pd.Series, close: pd.Series, tenkan: int = 9, kijun: int = 26, span_b: int = 52, displacement: int = 26,) -> pd.DataFrame: tenkan_line = ( high.rolling(window=tenkan, min_periods=tenkan).max() + low.rolling(window=tenkan, min_periods=tenkan).min() ) / 2.0
kijun_line = ( high.rolling(window=kijun, min_periods=kijun).max() + low.rolling(window=kijun, min_periods=kijun).min() ) / 2.0
senkou_a = ((tenkan_line + kijun_line) / 2.0).shift(displacement)
senkou_b = ( ( high.rolling(window=span_b, min_periods=span_b).max() + low.rolling(window=span_b, min_periods=span_b).min() ) / 2.0 ).shift(displacement)
chikou = close.shift(-displacement)
return pd.DataFrame( { "tenkan": tenkan_line, "kijun": kijun_line, "senkou_a": senkou_a, "senkou_b": senkou_b, "chikou": chikou, } )shift(displacement) で先行26期間、shift(-displacement) で遅行26期間を表現します。min_periods で warm-up 期間を NaN として残します。
雲判定のヘルパー。
def ichimoku_signals( close: pd.Series, ichimoku_df: pd.DataFrame,) -> pd.DataFrame: out = ichimoku_df.copy()
# 雲の位置 out["kumo_top"] = out[["senkou_a", "senkou_b"]].max(axis=1) out["kumo_bottom"] = out[["senkou_a", "senkou_b"]].min(axis=1) out["kumo_bullish"] = out["senkou_a"] > out["senkou_b"]
# 価格 vs 雲 out["above_kumo"] = close > out["kumo_top"] out["below_kumo"] = close < out["kumo_bottom"] out["inside_kumo"] = ~(out["above_kumo"] | out["below_kumo"])
# 好転 / 逆転 out["kouten"] = out["tenkan"] > out["kijun"]
return out三役好転 / 逆転は、さらに遅行スパンの位置を組み合わせて判定します。遅行スパンは現時点では未確定なので、バックテストでは shift 済みの遅行スパン(すでに確定した値)を使うことに注意します。
参考
- 一目山人(細田悟一)『一目均衡表』(原典、7巻セット)
- 佐々木英信『一目均衡表の研究』
- Nicole Elliott, Ichimoku Charts: An Introduction to Ichimoku Kinko Clouds, Harriman House, 2007
- Investopedia — “Ichimoku Cloud” https://www.investopedia.com/terms/i/ichimoku-cloud.asp
- StockCharts — “Ichimoku Cloud” https://school.stockcharts.com/doku.php?id=technical_indicators:ichimoku_cloud
- 一目均衡表公式(経済変動総研) http://www.ichimokukinkohyo.jp/
- pandas documentation —
Series.rolling,Series.shift