コンテンツにスキップ

資金の流れの地図

FX 市場を「リテール窓」からではなく「全体構造」として捉えると、中央銀行、インターバンク、Prime Brokers、LP/Aggregator、Retail Broker、Retail という 6 層で、誰が誰から何を取っているかが見えてきます。 負のサムの数学がリテールの失う金額を数学化したのに対し、このノートは失われた資金がどこへ行くかを制度として描きます。 BIS 2025 では OTC FX の日次取引が 9.6 兆ドルに達する一方、リテール由来はわずか 2.54 パーセント(2,420 億ドル/日)にすぎません。 LP 層は 0.05 から 0.2 pip、Retail Broker は 0.1 から 0.8 pip の markup を取り、リテールは情報、執行速度、コスト、税制の 4 面で構造的に不利な最下層に置かれています。

前提:なぜヒエラルキーが見えないか

リテールトレーダーの MT4/MT5 画面には「一つの市場価格」が表示されます。 しかし実際には次のようになっています。

  • 表示価格は、何段階もの中継を経た再パッケージである
  • 各層で spread markup、rebate、information rent が加算される
  • リテールの支払うスプレッドは、最上流(EBS/Matching CLOB)の 5 倍から 10 倍以上になる

この「見えない中継」を可視化することが、このノートの目的です。

1. BIS 2025 実データで見る市場全体

一次資料は BIS 2025 OTC FX releaseBIS 2025 annex です。

グローバル OTC FX 日次取引額

商品2022(億ドル/日)2025(億ドル/日)2022→2025 変化
Total (net-net)75,06095,102+27%
Spot21,04029,518+40%
Outright forwards11,63517,473+50%
FX Swaps(最大)38,10240,153+5%
Currency swaps1,2391,641+32%
FX options3,0436,317+108%

含意は次のとおりです。

  • FX Swaps が依然として最大(全体の 42.2 パーセント)で、インターバンク中心である
  • Spot は 31 パーセントで、リテールが主に触る領域である
  • Options が 2 倍になり、機関投資家のヘッジ需要が拡大している

地域別(2025、net-gross)

地域億ドル/日シェア
英国(ロンドン)47,42637.8%
米国(NY、Chicago)23,34718.6%
シンガポール14,85311.8%
香港8,8317.0%
日本4,4023.5%

ロンドンが全球の 37.8 パーセントを占めます。 オフィスワークタイムの 16:00 から 24:00 JST が最重要となる理由です。

カウンターパーティ別(2025)

カウンターパーティ億ドル/日全体比
Reporting dealers(Tier 1 銀行)44,42746.7%
Other financial institutions46,26648.6%
— non-reporting banks21,946
— institutional investors(年金、保険)12,614
— hedge funds and PTFs7,599
— official sector(中銀等)1,378
Non-financial customers(企業)4,4094.6%
Retail-driven flow2,4202.54%

リテールは全市場のわずか 2.54 パーセントにすぎません。 市場を動かすのはプロと機関であり、リテールは波紋の外側にいます。

Prime Brokerage 経由の取引は 21,631 億ドル/日(全体の 22.7 パーセント)で、これが Tier 1 と Tier 3 をつなぐパイプになっています。

2. 6 層のヒエラルキーモデル

[ Tier 0: 中央銀行 ] ← 政策 + 介入
↓ ↑ (時折の外部フロー)
[ Tier 1: Interbank ] ← Reporting dealers ($4.44兆/日)
Top banks + Non-bank MMs
↓ ↑ (CLOB: EBS, Refinitiv Matching)
[ Tier 2: Prime Brokers ] ← 信用供与レイヤー
Deutsche, Citi, HSBC, StanChart, Goldman
↓ ↑ ($2.16兆/日, 全体の 23%)
[ Tier 3: LP / Aggregator ] ← 執行・流動性
Currenex, Integral, Hotspot, EBS, Cboe FX
↓ ↑
[ Tier 4: Retail Broker ] ← 顧客インターフェース
IG, Plus500, CMC, GMO, SBI etc.
↓ ↑ ($242 十億/日, 2.54%)
[ Tier 5: Retail Traders ] ← 個人・小口

3. Spread Stack:各層の実効価格

単位の整理(重要な訂正)

USD/JPY では次のようになります。

  • 1 pip = 0.01 円
  • EBS の 2011 年以後の tick = 0.001 円 = 0.1 pip

したがって「EBS のスプレッドが 0.01 から 0.05 pips」は tick 未満であり、技術的にあり得ません。 正しくは次の表のとおりです。

各層の spread レンジ

USD/JPY 平常時 spread出典/根拠
Tier 1 (EBS/Matching CLOB)≥ 0.1 pip(tick 制約)Lallouache & Abergel 2013 (arxiv:1307.5440)
Tier 3 (LP/PoP quote to broker)0.05-0.2 pip(composite raw、last look 込み)実務モデル、公開統計なし
Tier 4 raw account0.0-0.3 pip + commissionInvestopedia broker fee structures
Tier 4 standard STP0.2-0.8 pip業界慣行
Tier 4 MM 固定 spread0.2-1.0 pip(日本大手)、1.5 pip(海外 standard)外為どっとコム 実績値

Retail が払う spread の内訳例

USD/JPY を 10 万通貨(1 pip = 1,000 円 相当)買うケースです。

spread (pip)円換算誰が margin を取るか
EBS/Matching reference0.1 pip100 円Passive liquidity supplier
LP layer (aggregator)+0.1 pip100 円LP + last look optionality + credit
Retail broker markup+0.4 pip400 円Broker markup or commission
Retail 実効 spread0.6 pip600 円

つまりリテールが払う 600 円のうち、Retail Broker が 400 円を取り、100 円が LP、100 円が最上流に渡ります(簡略モデル)。 リテールが払うコストの約 66 パーセントは、Retail Broker が取っています。

4. 各層のプレイヤーと収益源

Tier 1: Interbank (Reporting dealers)

主要プレイヤーは次のとおりです。

  • 銀行系: JPMorgan, Citi, Deutsche Bank, UBS, Barclays, HSBC, Goldman Sachs, SocGen, BNP Paribas
  • 非銀行 MM: XTX Markets, Citadel Securities, Jump Trading, HRT, Jane Street, Virtu

収益源は次のとおりです。

  • Spread(最上流の bid-ask)
  • FX derivatives(options、swaps)
  • Corporate flow(実需)
  • Prop trading
  • Rebate(venue から流動性提供者へ)

開示レベルは次のとおりです。

  • JPMorgan 2025: Fixed Income Markets $22.5bn(FX 込み、単独不明)
  • Citi 2025: Rates and Currencies $11.4bn(Rates と合算)
  • FX 単独収益は横比較が不能である。全社が FICC/Markets 単位でしか開示しない

Tier 2: Prime Brokers

主要プレイヤーは Deutsche Bank, Citi, HSBC, Standard Chartered, Goldman Sachs です。

役割は次のとおりです。

  • Tier 1 の credit line を Tier 3(LP/aggregator/hedge fund)に貸す
  • Balance sheet を貸し、trading facility を提供する
  • Basel III 以降、この balance sheet loan が制約になっている

収益源は次のとおりです。

  • Financing spread
  • Fee(bps of trading volume)
  • Netting efficiency からの collateral saving

BIS 2025 では、PB 経由取引は $2.16 兆/日(全体の 22.7 パーセント)です。

Tier 3: LP / Aggregator

主要プレイヤーは次のとおりです。

  • Institutional ECN: Currenex, Cboe FX(旧 Hotspot), EBS Market, Refinitiv Matching
  • Aggregator: Integral
  • Non-bank LP: XTX Markets, Virtu

役割は次のとおりです。

  • 複数の上流ソースから best bid/offer を集約する
  • Retail broker に streaming quote を提供する
  • 「Last look」慣行(quote に応じてキャンセルする権利)を持つ

収益源は次のとおりです。

  • Spread markup(composite feed vs upstream)
  • Last look optionality value(adverse selection の回避)
  • Volume rebate(upstream から)
  • Fee(broker から)

Tier 4: Retail Broker

モデル別に次のとおりです。

  • ECN: Raw spread + commission
  • STP: LP spread + markup 0.1-0.8 pip
  • MM (B-book): 固定/準固定 spread + 内部化 P&L

収益源は次のとおりです(ビジネスモデルを参照)。

  • Spread markup
  • Commission
  • Internal netting(A 顧客と B 顧客の相殺)
  • B-book position P&L
  • Swap non-symmetry
  • Slippage asymmetry
  • Volume rebate from LP

Tier 5: Retail

収益源はありません。または期待値がマイナスです(負のサムの数学を参照)。

負担するコストは次のとおりです。

  • Spread(0.2-1.0 pip)
  • Slippage
  • Swap
  • Commission
  • Time/psychological cost

5. お金の流れ計算:1 万通貨の USD/JPY 買い→売り

リテール A が USD/JPY を 100,000 通貨(10 万通貨)買い、翌日売るシナリオです。 市場は横ばい(mid 不変)とします。

エントリー時

  • Retail 表示 ask: mid + 0.3 pip = buy at mid+0.3
  • Retail 実支払: mid + 0.3 pip
  • Retail Broker cover to LP: mid + 0.1 pip
  • LP cover to EBS: mid + 0.05 pip

エグジット時

  • Retail 表示 bid: mid - 0.3 pip = sell at mid-0.3
  • Retail 実受取: mid - 0.3 pip
  • Retail Broker sell to LP: mid - 0.1 pip
  • LP sell to EBS: mid - 0.05 pip

損益

リテール A の損失は、往復 spread 0.6 pip で 600 円です。

分配は次のとおりです。

取り分割合
Retail Broker(エントリー時 0.2 pip + エグジット時 0.2 pip)400 円66.7%
LP(0.05 + 0.05)× 2 = 0.2 pip100 円16.7%
EBS/Matching(0.05 + 0.05)× 2 = 0.1 pip100 円16.7%

Retail Broker が 3 分の 2 を取ります。

さらに税を入れると

リテール A がたまたま利益 3,000 円を出した場合を考えます。

  • 国内業者: 税 20.315 パーセント = 610 円 → 政府
  • 手元: 2,390 円(税前 3,000 円 の 79.7 パーセント)

リテール A の純利益は、支払ったコスト(600 円)を差し引くと次のようになります。

  • 税前: 3,000 - 600 = 2,400 円
  • 税後: 2,400 × 0.797 = 1,913 円

つまりリテール A が獲得した価値のうち、行き先は次のとおりです。

  • Retail Broker → 400 円
  • LP → 100 円
  • EBS → 100 円
  • 政府 → 610 円(税、勝った場合のみ)
  • リテール A → 1,913 円

もし損益がゼロ(mid の変動なし)なら、次のようになります。

  • リテール A → -600 円
  • Retail Broker → +400 円
  • LP → +100 円
  • EBS → +100 円
  • 政府 → 0 円

mid が動いても動かなくても、Tier 1 から 4 はスプレッドを確定で徴収します。

6. Non-bank Market Makers の台頭

伝統的なヒエラルキーは 2020 年代に変質しました。 XTX Markets を筆頭に、非銀行 MM が上位ディーラーを outperform しています。

XTX Markets

  • 2015 年設立、ロンドン拠点
  • 2024 年時点で約 $2,500 億/日 の取引規模(報道ベース)
  • Euromoney FX Survey 2022-2024 では、spot FX で世界最大級または最大
  • 銀行を含む全プレイヤーの中で上位

なぜ非銀行 MM が伝統銀行を outperform したか

  1. 技術: microsecond レベルの latency、最新ハードウェア
  2. フォーカス: FX に特化、legacy 業務なし
  3. 規制コスト薄: Basel III の balance sheet 制約が銀行より軽い
  4. CLOB 中心: 顧客サービスコストが小さい
  5. 人材: 数学系や物理系の quant を高給で採用

制度的な地殻変動

  • FX Global Code(2018)が MM 慣行を透明化した
  • ECB と Fed が非銀行 MM を「systemically important」と認識し始めた
  • 銀行のインターディーラー独占が終わりつつある

リテールへの含意

  • LP layer に非銀行 MM が入ることで、spread は狭くなる可能性がある
  • ただし non-bank MM は toxic flow(retail の wrong-way flow)を優先的に取る
  • リテールの毒性があるフローは、より鋭い MM に選抜される

7. なぜリテールは構造的に負けるか(4 面の非対称)

(1) 情報の非対称

情報アクセス
Tier 1全 order flow、CLS 決済情報、大口客との会話
Tier 2PB 経由 flow、HF ポジション
Tier 3集約 flow、last look で見た顧客 flow
Tier 4自社顧客 flow、統計
Tier 5表示価格のみ、遅延あり

リテールは「何が起きたか」の情報を、最も遅く、最も断片的に受け取ります。

(2) 執行速度の非対称

  • Tier 1-3: co-located サーバ、microsecond
  • Tier 4(大手 broker): millisecond
  • Tier 5(リテール): 数十 millisecond(VPS 使用時)、数百 ms(通常回線)

同じ情報が届いても、取引を出す速さで 100 倍から 1000 倍の差が生じます。

(3) コスト構造の非対称

Spread手数料
Tier 10.05 pip(自社供給)Rebate 受給法人税(経費控除可)
Tier 30.1 pipBroker からの volume rebate同上
Tier 40.5 pip顧客から徴収同上
Tier 50.6-1.0 pip 支払勝ちに 20-56% 税経費控除限定的

(4) 制度と規制の非対称

  • Tier 1-3: MiFID II best execution、FX Global Code の「情報を公平に」の受益者
  • Tier 4: 業者間競争で顧客への還元がある
  • Tier 5: 業者との関係で不利。Kick-out(口座停止)、rejects、規約変更を受け入れざるを得ない

8. FXCM 2017 事例で見る「隠されたフロー」

CFTC 2017 Order(Docket 17-09)から次のことがわかります。

  • FXCM は「No Dealing Desk」と説明していた
  • 実際には関係会社の MM(Effex Capital)と密接に連携していた
  • MM は取引収益の約 70 パーセントを FXCM に rebate していた
  • 期間 2010-2014 で rebate 総額は約 $77M
  • FXCM への制裁金は $7M、米国から永久追放

詳細はFXCM 2015-2017を参照してください。

表面のスプレッドに加えて、隠された rebate や routing のレイヤーで、LP 側から Broker へ収益が還流しています。 リテールから見て「業者はスプレッドしか取っていない」と思っても、実際の業者収益はスプレッドの数倍から数十倍になる可能性があります。

9. お金の流れの総合像

リテールから見た「1 pip のスプレッド」の行方は次のとおりです。

リテール支払 spread (0.6 pip = 600 円/10万通貨)
Retail Broker markup (0.4 pip = 400 円) ← 66% がここで停止
↓ (残り 0.2 pip)
LP margin (0.1 pip = 100 円) ← 17%
↓ (残り 0.1 pip)
EBS/Matching venue fee (0.1 pip = 100 円) ← 17%

リテール損失(spread + slippage + swap non-symmetry)の行き先は次のとおりです。

リテール総体の年間損失 X 円
Retail Broker 収益 (spread markup + B-book P&L + swap asymmetry): X の 50-70%
LP 収益: X の 10-20%
Interbank / Non-bank MM 収益: X の 5-15%
政府 (税収): X の 5-15%
Retail 内部再配分 (勝った retail): X の 0-10%

確定的な事実は次のとおりです。

  • リテール総体の期待値は、確実にマイナスである
  • 差額は上位層と政府に分配される
  • リテール内で「勝つ人」がいても、それは他のリテールの損失を分けているだけである(集約はゼロサム、コストと税でマイナス)

10. リテールが取れる対抗策(現実的な範囲)

構造は変えられませんが、リテール個人がコストを最小化する余地はあります。

  1. 税制を最適化する: 国内 FSA 業者を選ぶ(国内税制
  2. 取引スタイルを長期化する: スキャルはスプレッドのコスト率が最悪(負のサムの数学
  3. 業者を選定する: Raw spread + commission、開示品質(ビジネスモデル
  4. 時間帯を選定する: 流動性が厚い時間帯のみ(ロンドン open)、指標時を避ける
  5. サイズを調整する: 大口ほどスリッページが悪化、業者の toxicity 認定を回避

しかしこれらは全て「負けを小さくする」施策であり、「構造的に勝つ」ものではありません。

11. 結論

FX は 6 層のヒエラルキーであり、リテールは最下層で構造的に不利です。

  • BIS 2025 でリテールは全市場の 2.54 パーセント($2,420 億/日)
  • リテール spread の 66 パーセントが Retail Broker、17 パーセントが LP、17 パーセントが最上流に分配される
  • 情報、執行速度、コスト、税制の 4 面で非対称
  • リテール総体の損失は業者と政府に分配される。これが構造的必然である

「テクニカル分析で勝てる」神話(検証セクションの実験で棄却)の裏には、そもそもこの構造的不利があります。 単純ルールにエッジが見つからないのは、エッジが存在する場所(上流)にリテールがアクセスできないからです。

リテールが統計的に「勝つ」唯一の方法は次のとおりです。

  • 期待値ゼロを認識する
  • コストを最小化する
  • サイズを損失許容範囲に収める
  • 参戦時間を短くする
  • または、参戦しない

参考

BIS 一次データ

銀行年次報告

学術と慣行

規制事例

関連ノート